自己紹介

ページ訪問ありがとうございます!

現在、大手人材会社で勤務しながら爆速就活を運営しているコロナ就活と申します。

普段、私が就活生のヒアリングをして情報を聞く側なので、この機会に私の生い立ちを開示させてください(一部上場企業で勤務の為、身バレしない程度にぶっちゃけて書きます。笑)

●なぜ就活支援をしているのか?

私は新卒で入った会社が入社半年後に倒産しました。
今思うとネタが1つ増えたな。とか凄く笑える話でしたが、【10年くらいは、ここの企業に勤めよう!】と思い覚悟を決めて入社をしたので、ポジティブな私でも露頭に迷いました。(他社に入社した友人のインスタを見ると、残り2ヶ月で賞与楽しみ!と書いてあり、今まで頑張ってきたのは一体なんだったんだろうと自分を責める毎日でした。)

この経験から、1社目に入社する企業はとても重要であること。
そして、それ以上に社会人生活では、この先何が待っているか分からない。

だからこそ就活中に、納得いく就活をしてもらいたい。
自分で意思決定をできる社会人を1人でも多く増やしていきたい!

こんな思いで就活サポートをしております。
(その為、爆速就活では答えを教える進め方ではなく、やり方や考え方をアドバイスをさせて頂いております。

●自己紹介

茨城県出身 社会人6年目男性
学生時代は野球を13年続け、現在でも草野球2チームに所属
社内でも1,2番目にポジティブで行動力があると言われます。
逆に考える前に先に行動してしまうことが私の弱みです。
(今こちらを書いている時も、考えるより先に手が動いております。。)
ベンチャーから大手に転職をする異色の経歴です。

●小学校時代

サッカー、野球、ピアノ、水泳、個別指導塾、公文を習っていました。
両親の教育熱心だった為、色々な経験が出来ました。週に4,5日は習い事があったので、友達と遊ぶ時間をどうやったら作れるか?を毎日考えてました。そして、親の目を盗んで遊びに行くやんちゃな少年でした。
ここまで聞くと賢そうですが、公文のトイレに解けないプリントを流して詰まらせたり、両親に迷惑をかけて育ちました。

●中学校時代

野球部では主将、体育祭では応援団長、壮行会でも応援団長を行うなど、端から見たら順風満帆な学生生活に見えたと思います。しかし大勢の前に立つことや目立つ行動はこの頃から内心あまり好きではありませんでした。また音楽祭では歌うことが苦手だった為、3年間最後列でした。苦手な事は苦手で良い。得意な事だけ伸ばした方が個性だ!とこの頃から感じておりました。

●高校時代

高校受験を失敗するも、全然落ち込みませんでした。むしろ滑り止めの高校は大学までエスカレーター式でいけるので落ちてラッキー!とまで思ってました。(今、思うとお金かかるし両親に申し訳ないですね・・)
高校では、推薦者のみしか硬式野球部に入部ができず、軟式野球部に入部しました。(この頃から、こういう制度って不平等だよな。絶対自分より野球下手な推薦者も紛れ込んでるよな。と斜に構えて物事を見てました。)
その分、軟式野球で硬式野球部よりもいい結果を残そう!と決意をして取り組んだ結果、関東大会でベスト4まで進むことが出来ました。

また文系と理系の進路相談を両親にしたところ、理系は黙々と研究や物事に打ち込むことが向いている人。文系は人と話すことが好きな人。というアドバイスを受け、陽キャラを演じたかったので見栄を張って文系に進むことに決めました。
もう一度、進路選択出来るなら100%理系にいくと思います。数学が大の得意でほとんど100点以外とった事ないことに加えて、人と話すことが苦手だからです。笑
(そもそも営業向きでは絶対ない。)

●大学時代

大学受験を失敗するも、またまた全然落ち込みませんでした。念願の1人暮らし出来るし、英語も学べて面白そうな学部だし。(お金かかるし家族に申し訳ないですね・・ドラ息子)
入学後は、兎に角お金貯めて色々買いたい!気持ちが強かったので時給の高いウエディングのバイトを始めましたが2ヶ月で辞めました。(支配人が酔うと自転車のサドルを舐める癖があり、本気でドン引きました。この頃に誰と一緒に働くのか?って重要と感じました。)
バイトは次に居酒屋で働き、卒業まで続けました。同じ大学の人が一番良く飲みに来る居酒屋だったので、”顔見知り”と”よっ友”の数は校内一だったと思います。(この経験から、友人は量より質が大切なことを学びました。)

周りにアクティブな友人が多く、この時の友人に出会っていなければ”今の自分の行動力”は培われていないと思います。友人の話を聞いて、負けず嫌いな私は行動を起こしました。
例えば、アメリカへの約1年間の留学、フィリピンへ3回留学、東南アジア・メキシコへのバックパッカー、日本でのヒッチハイクなど。

今しか出来ない貴重な経験を沢山出来て、一生の思い出とも言える時間を過ごすことが出来ました。

●就活時代

学生時代に、これだけ経験していたら就活は余裕だったんじゃないの?と思われると思います。しかしながら、就活は全然上手くいかずでした。

敗因は幾つかあるのですが、あげるとするならば・・・

・周りに相談せず、1人で抱え込みながら就活を続けていた
・元々考える癖がなく、何故?の質問や理由に回答が出来なかった
・話を聞くのは得意だったが、自分の話をする事は大の苦手だった
・あがり症で且つ、年上の方と話す事が苦手だった
・文章を書く癖が今までなく苦手だった

案の定、就活を始めた当初は30社ESを提出して、28社がお見送りでした。
なぜ自分のESが通らないか分からず、毎日もがき続けていました・・・

兎に角、毎日もっともっと考えよう!と時間を割いたものの、今振り返ってみると【考えていた】のではなく【悩んでいた】だけでした。

就活時代の黒歴史エピソードで言うと・・・
グローバル展開のバーコードメーカーを受け、最終選考まで行くが落選・・・志望動機は【企業名と同じ苗字】と【祖父がバーコード禿げで運命を感じた】から。
(これ役員三人の前で言って、場が凍りました・・・)

しかし、ある社会人にお会いして相談をさせて頂いた直後に、私の就職活動は劇的に変わりました。

質問に適切に早く回答する方法(自頭と反応力UP)。人事が面接時にどこを見ているのか。ESの通る書き方についてです。

知っているだけで、こんなにも大きく変わるんだ。と感じると共に、つまらなかった就活が一変して、面接が通り楽しくなりました。

結果として4社の内定をもらう事が出来て、私の就活は終えました。

●社会人生活
★1社目:中小人材企業
・法人営業・キャリアアドバイザー(新卒)・採用代行・面接代行に従事していました。

入社5ヶ月前から週4,5日インターンに出勤しており、インターン参加していない同期に圧倒的に差を付けたいと思っておりました。が1年目の半年間の数字は、最下位でした・・・

不器用な性格で頭は良い方ではなく物覚えは悪いのは、理解しておりましたがここまで売れないんだ自分・・・でも絶対売る!!との思いで、トップ営業マンの方の商談の録音やスケジュール管理を徹底的に真似をし、朝から終電まで仕事をしていました。その後、会社が倒産し転職。

2社目:ベンチャー人材企業
・採用コンサルティング(延べ50社)・キャリアアドバイザー(学生:1500人)・採用イベント企画(延べ80回実施)に従事していました。

量をこなす事が重要と言うアドバイスを頂いたのでがむしゃらに働き続けました。(週に1回会社に泊まるくらいこの頃は、仕事に打ち込んでいました。)

すると社会人2年目からは、努力が身を結び達成できる月が増えてきました。そして社会人3年目になる頃には、気がつけば社内では1年間売り上げトップを維持し続けて、部署の責任者まで昇格をする事が出来ました。

年間1億円の事業予算をミッションに加えて、年下、年上のメンバーの合計5人をマネジメントさせて頂きました。社会人3年目でここまで任せてくれる会社は本当に感謝です。

しかし、会社の方針と自分のビジョンが反した為転職を決意しました。

3社目:大手人材会社
・キャリアアドバイザー(医療従事者)2020年に月間MVP賞を3連続で獲得。

現職の身バレの関係上こちらは割愛をさせて頂きますが、電話相談の際には包み隠さず開示させて頂きます。

最後までこちらご一読頂き、本当にありがとうございました!
自分の生い立ちを知って頂けたら嬉しいです。

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引き続き皆様のサポートを最大限させて頂きますので、どうぞ宜しくお願いいたします。